FURIMUKI style
1998.10

幻の開発中バージョン!
IIDXを作った男たち

2023年3月21日

 ビートマニアIIDXは、どのような経緯で開発され、なぜ鍵盤を7個に増やそうと考えたのか?なぜ1P・2Pサイドでターンテーブルの配置を逆にしようとしたのか?

 IIDXが生まれるまでの経緯について調ていくと、五鍵ビートマニアと比べてあまりに情報が少なく、断片的であることに驚かされる。ビートマニアシリーズの中で最も長く稼働し続けているIIDXだが、その開発初期の情報は多くは語られていないのである。

 五鍵ビートマニアに様々なメディアが注目したのは、アーケードゲーム初の音楽ゲームという斬新なコンセプトが大きなインパクトを与えたからであり、その結果、ゲーム雑誌がまだ注目していなかった稼働初期の状況も週刊誌やビジネス誌等の記事から読み取ることができた。

 一方、IIDXが発表されたのはDDRが社会現象を巻き起こしていた時期であり、メディアの注目はDDRに集中していた。IIDXはメディアの注目をあまり浴びることは無く、比較的ひっそりと生まれていたのである。

 しかし、断片的な情報を繋げていくことでIIDXがいつどのように企画され、開発が進んでいったのかが少しずつ明らかになってきた。今回は、IIDXがどのような設計思想に基づいて企画されたのか、貴重な開発中バージョンの画像を交えながら見ていきたいと思う。

IIDXの企画が動き始めたのはいつ?

 IIDXの開発がスタートしたのは思いのほか早い時期であった。なんと、五鍵1stMIXが稼働してから4か月後にはIIDXの企画が立ち上がっていたのである。

 IIDXの初代サウンドディレクターdj nagureo氏が、「IIDXの開発期間は10ヵ月」と公式サイトで語っていることから、IIDXの企画が動き始めたのは1998年4月頃ということになる。

dj nagureo氏:beatmania IIDXの開発には10ヶ月を要しました。楽しい事あり、辛い事ありの、長いようで短かった開発だったと思います。

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS

 そして、ザ・プレイステーション1998年10月16日号のコナミ販売促進部小坂田圭氏へのインタビューによると、IIDX・五鍵3rdMIX・ポップンミュージックは、ほぼ同時に開発がスタートしていたというのである。

小坂田圭氏:3rd Mixと同時に「ビートマニアII」の企画もスタートさせましたが、もっと親しみやすいものをということで、「ポップンミュージック」が開発されました。

ザ・プレイステーション 1998年10月16日号

 五鍵3rdMIXとポップンミュージックは1998年9月28日に稼働していることから開発期間は約5ヵ月であるのに対して、IIDXは10ヵ月(1999年2月26日稼働)と倍の開発期間を要している

 IIDXは五鍵2ndMIXが絶賛稼働中の1998年4月に開発がスタートし、五鍵が3rdMIX・comp1とバージョンアップしていく裏で制作が進められていたということになる。

当時のスピード感からすると、開発期間10ヵ月ってのはけっこう長くかかっている印象だな
五鍵1stMIXでも7~8ヵ月で稼働してるし、何に時間がかかっていたんだろう?

 IIDXの開発に時間がかかった理由としては、五鍵とIIDXの主要スタッフが同じだったということも一つの原因だろう。IIDX 1st styleのサウンドディレクターは南雲氏、デザイナーは水木氏であり、同じチームで五鍵とIIDXを並行して作っていたものと思われる。

 また、IIDXのムービーには実写映像も使用されており、ムービーの撮影・編集などの作業も必要になったため相当の製作期間が必要だったのだろう。

2ndMIXが稼働してる時点でもうIIDXの企画が動いていたってのは意外だなぁ
1stMIXがコアユーザーにウケたから急遽2ndMIXを作ったけど、今後を見据えて高性能で本格的な筐体を作る必要性を感じていたんだろうか…

 また、小坂田氏は「ビートマニアIIの企画」と発言しており、この段階でスタンダード版の「ビートマニアII」(デラックス版ではない小型筐体。国内未稼働バージョン)として開発されていたことが確認できる。

 国内版「ビートマニアII」の写真は2nd styleのものしか確認できていないのだが、1st style開発当初の時期から案としては存在していたことが分かる。

「アミューズメントマシンカタログ1999」より。国内版「beatmaniaII」は2nd styleの写真しか確認できていない。なお、この国内版II筐体は一切流通しておらず、いわゆる未稼働バージョンである。

水木氏が考えるIIDXのコンセプト

 このIIDXの企画を具現化させたのは、五鍵を生み出した水木氏(MiZKiNG)だった。「五鍵2ndの評価を超えるゲームを作る」という目標を掲げ、4つのコンセプトを挙げている。

コンセプト1:ゲーム性はそのまま

水木氏:つまり基本ルールは全くいじらないという事です。基本ルールをいじれば、ライトユーザーにとって敷居が一段確実に上がりますから、それだけは避けたいと思っていました。

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS

 上から落ちてくるノーツが赤いラインに触れたタイミングで対応した操作を行う。成功するとグルーヴゲージが上昇し、楽曲終了時に一定ラインを上回っていればステージクリアとなる…

 五鍵ビートマニアとIIDXは、ゲームのルールや画面構成はほぼ同一である。あえてゲーム性の根幹は一切弄らず、五鍵プレイヤーが違和感なく遊べるようにするという狙いである。

 注目すべきは水木氏がライトユーザーへの配慮をしている点である。IIDXは五鍵を極めたコアユーザー向けに開発されたとされているが、制作者サイドとしてはライトユーザーがプレイすることも視野に入れて開発していたことが分かる。

鍵盤が7個になった時点で敷居は高くなるわけだし、それ以外のゲーム性は一切変えないって判断は良かったのかも?

コンセプト2:複雑化させずに遊びのバリエーションを増やす

水木氏:たとえば操作系の配置が左右で逆になっている事がそれです。ダブルプレイ対策という事もありますが、同じ曲でも違う叩き方を要求されたり、右派、左派にプレイヤーの趣向が別れたり等、遊びのバリエーションが確実に広がると考えました。サウンドエフェクターの充実もそうしたバリエーションの一つです。

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS

 IIDXでは、五鍵と異なり1P側のターンテーブルが鍵盤の左側に配置されている。IIDXは筐体設計の段階からダブルプレイを想定して作られていたのである。

 ダブルプレイは五鍵2ndMIXで初めてシステムとして実装されたが、以前の記事で述べたようにプログラマーがこっそり仕込んだ隠し要素であり、まだDPはメジャーな遊び方とは言いがたい時代だった。

 そんな時代に、ダブルプレイを前提とした筐体デザインを行っていたことは驚きである。五鍵を経験したプレイヤーを想定するのであれば、配置の異なる1Pサイドでプレイすることをためらうプレイヤーが多くなることは容易に想像できたはずだが、「左皿を好んでプレイする人も出てくるはず」と予見しているのもさすがである。

コンセプト3:クオリティーを上げる

水木氏:主にサウンド面になるでしょう。楽曲の良さがIIDXの価値の大部分を決定するという事はbeatmaniaでは当然の事です。これについては僕がどうこう出来る立場ではありませんでしたが、最終的に出来上がってきた物についてはとても満足しています。あとターンテーブルを大径化して操作性を良くする等も含まれます。

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS

 楽曲について、サウンドディレクターの南雲氏は、コアな方向性とポップな方向性を両立させることを目指したと語っており、五鍵3rdMIXの路線を継承するものとなっている。

dj nagureo氏:今回、私を含めた初代ビーマニスタッフにプラスして、パワフルなアーティストや、作家、多くのサウンドスタッフに恵まれて、開発者が心地よいと思える楽曲で、ダンスポップ、コアなクラブ系、それぞれにおいて最高な楽曲を収録できたと思っています。ビートマニアは、けしてコアな方向のみに進むだけではなく、ポップにおいても高いクオリティーを追求していきます

dj nagureo氏:1st、2nd、3rdといった進化の過程から、DXに至る進化はご理解いただけると思っています。

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS
五鍵3rdMIXまでの路線はIIDXに譲り、4thMIXからはコア路線に特化していく方針かー
「1stMIX→2ndMIX→3rdMIX→IIDXの系譜」と「4thMIX以降の五鍵の系譜」に分類されるってのは新しい考え方だなぁ

コンセプト4:ギャラリーアピール度を強める

水木氏:画面、筐体デザイン、ライティング等です。特に画面については実写というゲームでは余り成功例が無い方法を選択しました。これについては当初はチーム内でも意見が分かれた所でしたが、最終的には良い物になったと思っています。

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS

 五鍵の画面中央部分のビジュアルは「アニメーション( BGA)」と呼ばれるが、IIDXでは「ムービー」になっている。当時の主流ゲーム機はPS1で、プリレンダムービーが使われる作品は増えていたが、プリレンダムービーを流しながらゲーム画面を同時に表示するというスタイルは珍しかった。

 1999年当時は、現代のようにムービーをハードディスクに格納して再生するという方式をとることは難しかった。そこで当時のIIDXは、ゲーム画面は基板で表示しムービーはビデオCD(VCD)を使って流すという手法を用いて実写ムービーを実現していたのである。

 そこまで手の込んだことをしてまだ実写ムービーにこだわったのは、ギャラリーへのアピールが目的だったのである。当時のビーマニシリーズがギャラリーの存在を非常に重視していたことが窺える。

水木氏:中央のムービーは基板が生成している映像ではなく、実はコンポジット端子で基板に入力されている別系統の映像なのです。これが何を示すのかは、分かる人には分かるでしょう。

水木氏:つまり今までのアーケードゲームの映像系では考えられなかった事が、IIDXでは可能になってしまうのです。いったいどうなる事やら?

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS
いったいどうなってしまうの?
最終的にはこうなってしまう…

「7つ鍵盤」という決断

 IIDXを象徴する「7つ鍵盤」。従来のビートマニアから鍵盤数を2個増やすというアイデアを誰が思いついたのかは定かではない。

 7鍵化については水木氏も完全に納得して賛成したわけではなかったという。ここまで述べてきたように、五鍵のプレイ感覚から大きく変化させないことを重視していた水木氏にとっては、鍵盤数を増やすことで操作が難解になることは「深刻な問題」と考えていたようだ。

 だが、「譜面のバリエーションを増やせる」という利点と、「操作が難解になり敷居が高くなる」というデメリット。両者を天秤にかけて、最終的に鍵盤を7つに増やすことが決定したのである。

水木氏:IIDXの最大の変更点は、上記の点では触れられていない事、つまり「7鍵」です。これについては「プレイアビリティの低下」という深刻な問題を抱えていたため、僕自身も完全に納得して賛成した訳ではありませんでした

水木氏:ただ音を割り当てるボタンが多ければ多い程演奏データの可能性が広がる事は自明でしたから、両刃の剣だという認識でした。7鍵化はIIDXの最大の冒険だったと思いますし、プレイヤーのIIDXに対する興味もここに集中すると思いますが、開発を終えて今思う事は「7鍵にして良かった」という事です

IIDX 1st style公式サイト COMMENTS OF DEVELOPERS
将来、7つ鍵盤に適応した音ゲーマーが発生することに大きな期待と希望を込めて…

AMショー'98で発表された0%バージョン

 IIDXが我々の前に初めて姿を現したのは、1998年9月17日から東京ビッグサイトで開催されたAMショー'98の会場だった。

 AMショー'98では「ビートマニアIIDX(仮称)」として参考出展されており、タイトル画面も「beatmaniaIIDX」とデラックス版を前提としたロゴが使われている。もしスタンダード版「ビートマニアII」とデラックス版「IIDX」を両方発売するつもりなら、作品名は「ビートマニアII」とするはずである。スタンダード版「ビートマニアII」は一旦お蔵入りになったのだろうか?

 この段階で、筐体は製品版とほぼ同等のものが出来上がっているが、ソフトウェアは開発初期段階だったようで、開発スタッフによれば「開発進行度0%」とのことで、譜面も仮で作られた別物だったようだ。

コナミ広報:出しますよ。「ビートマニアIIDX」。AMショーのときは、開発進行度0%でした。譜面の配列もきちんと作り直しますし、グラフィックも全部新しくなります

コナミ広報:曲に関しては、AMショーのものも使われますが、新しい曲も追加する予定ですよ。

ザ・プレイステーション 1998年12月18日号

ザ・プレイステーション1998年10月16日号に掲載されている開発中のAMショー'98版IIDX for JAMMA SHOW version。16セグにも「JAMMA SHOW」の文字が流れている。

電撃王1999年1月号に掲載されているIIDX for JAMMA SHOW version。モニタ左右のスピーカーが無いが、製品版の筐体とほぼ同一。画面構成も製品版と同じに見える。

完成度0%なのに、ほとんど製品版1st styleの画面構成が出来上がってるじゃん
筐体もプレイ画面も製品版とほぼ同じ。譜面だけが別物になっていたfor JAMMA SHOW version…
これをプレイできた一般ユーザーはわずか100人程度といわれる究極のレアバージョンか…

 AMショー'98に出展されているIIDXの写真を見ると、筐体デザインも画面構成も製品版1st styleとほぼ同じであることが分かる。「開発進行度0%」とはいうものの、この段階で基本的な仕様はほぼ完成しているのである。

 IIDXの開発期間は10ヵ月、AMショー'98の時点で折り返し地点である。ここからは、譜面や細かい仕様などの調整、楽曲の追加に注力していくとともに、ロケテストを通じて製品化の可否を決めていくことになる。

学徒動員!IIDXの開発が本格化

 AMショー'98の余韻も冷めやらぬ1998年10月、人手不足にあえぐIIDX開発現場に一人の学生がやって来た。石川貴之氏(以下、dj TAKA氏)である。

 この時期のIIDX開発現場の様子について、アルカディア2008年2月号のインタビューで次のように振り返っている。

dj TAKA氏:98年10月からですね。この時にはすでに『beatmania』が軌道に乗っていて、『3rdMIX』を発表したころかな。当時僕はKONAMIの研修生をやっていて、その年の9月にあったショーで初代『IIDX』の筐体は出展されていたんです。その中身をこれから作り込んでいこうという時に、人手が足りないという理由で声を掛けてもらいました

アルカディア 2008年2月号 サウンドディレクターが語るBEMANI楽曲の変化と進化
dj TAKAは筐体設計が終わってから参戦したんだね

 dj TAKA氏の発言からも、1998年10月の段階では筐体は完成していたものの、ゲームの中身はこれから仕上げていく状態だったことが見えてくる。

 この時のdj TAKA氏は「KONAMIの研修生」という立場であった。ご存知の方も多いとは思うが、dj TAKA氏はコナミのクリエーター養成スクール「KCEスクール」の学生だったのである。

 この「KCEスクール」は上月社長肝いりの施策で、これからのゲーム製作ではヒット作を生み出せる優秀なクリエイターの存在がより重要になるという考えのもと、クリエイターをコナミ内部で発掘・養成し、そのまま入社させてしまおうという計画である。

 企業経営者の人物像を特集する雑誌「経済界」1999年12月号に上月社長の特集が掲載されており、KCEスクールについても触れられている。

優秀なゲームクリエイターをコナミ内部で発掘、養成してしまおうというのが、九七年に神戸で開校した「KCEスクール」だ。

 この学校は既存のクリエイター養成学校などと違い、実践制度を設けている。一般的な講義のほかに試験にパスすれば、コナミの各制作会社、事業本部内で実際に発売するソフト制作に携わりながら、学ぶことができる

(中略)ちなみに、今年の三月に卒業した一期生のうち、六十三名がコナミに入社、現場で活躍している。

(中略)今、コナミの新商品、新規事業は若い人のアイデアからスタートするケースが多いという。事実、ゲームセンターを席捲している「ビートマニア」も、入社三年目の社員の発案だった。

経済界 1999年12月号
一期生であるdj TAKAが入校したのが1997年で、卒業したのが1999年3月ってことなの?
いや、それは神戸本校の一期生の話。dj TAKAが一期生として入校したのは、翌1998年4月に開校した東京本校の方だね

 KCEスクールは1997年に神戸本校が開校した後、全国各地に開校しており、dj TAKAが入校したのは1998年に開校した東京本校(六本木25森ビル)である。

神戸に続き東京本校を昨年開校、現在予備校と合わせ、約八百名が将来の「ヒットメーカー」を夢見ている。

経済界 1999年12月号

コナミマガジンvol.5の広告より。東京本校は六本木の第25森ビル(現在のアーク森ビル)に所在していた。wac氏も同期で入校しており、dj TAKAのアルバム「Milestone」に収録されている「Votum stellarum -forest #25 RMX-」の名称は、この二人が共に学んだ場所に由来している。

 スクールのカリキュラムは予備校1年間・本校1年間・実践校1年間の計3年間だが、実力が伴えばいつでも次の過程に飛び級が可能となっていた。

 つまり、dj TAKA氏は東京本校が開校した1998年4月に一期生として入校→1998年10月に実践校へ飛び級(実践課程としてIIDXの制作現場に入っている)→1999年2月に卒業(IIDXスタッフに編入)と約10か月で卒業を果たしていることになる。

東京ゲームショー'99の特設サイトにはKCEスクールの詳細が書かれている。完全実力主義で常時飛び級可能。つまり現場で通用する人材は他社に流れる前に即採用できるということでもある。

dj TAKAもスゴイけど、実力を見出して一気に飛び級させるスクールの目利きもさすが!

1st styleロケテ開始。幻の開発中写真

 IIDXの開発が進む中、各地でロケテストが開催されている。1st styleのロケテで最も有名なのが、GOLI氏のX(twitter)で触れられている千葉県市原市のゲームセンター「チャリオット五井店」(現在も営業中)でのロケテである。

BEMANI Designers GOLI氏のX(twitter)より。場所については「確か」という但し書きはあるものの、「チャリオット五井店」でIIDXのロケテが開催されたようだ。

 他にもネット上に現存している個人サイトなどを調べると、各地のコナミ直営ゲームセンター「チルコポルト」でロケテが実施されていたようである。

 AMショー'98やロケテで稼働していた開発中のバージョンと思われる画面写真が当時のゲーム雑誌に掲載されているのだが、製品版の1st styleと比べると細かい部分で異なる部分が見られる

 多くの部分で開発中のバージョンは五鍵3rdMIXに準じた仕様になっているのだが、製品版は五鍵comp1準拠になっているのである。冒頭に述べたように、IIDX 1st styleは3rdMIXと同時に開発がスタートし、五鍵comp1が稼働した後に完成しているため、開発が進む中で最新の五鍵の仕様に合わせていくことになったのであろう。

 それでは、貴重な史料を見ていこう。

判定文字が違う&コンボ表記なし

 マイコンBASICマガジン1998年11月号と1999年3月号の「アーケード・ゲーム今月の新作」コーナーで開発中のIIDXの画面写真が掲載されているのだが、判定文字が製品版と異なるフォントになっており、五鍵のフォントに近い雰囲気(五鍵と同一ではない)になっている。

 また、コンボ表記が無く「GREAT」もしくは「GREAT!!」となっている。製品版のIIDX 1st styleでは現行バージョンと同様に1個目のGOOD・GREATから「GREAT1」という表示になるため、数字の無い「GREAT」という表示になることは無い。

大きい写真がベーマガ1998年11月号。右上の写真はベーマガ1999年3月号。11月号の写真はぼやけているがコンボ表記ではなく「GREAT!!」となっているように見える。

こちらは製品版のIIDX1st。開発中のバージョンと明らかに判定文字が異なる。

ピカグレの有無はこの写真じゃ分からないか…
五鍵3rdMIXはコンボ表記があるんだけど、AMショー'98時点のIIDXはまだ2ndMIXベースだったのかもしれない…
あー、確かに五鍵も2ndMIXまでは「GREAT!」って感じで「!」マークがあるんだよね

3rdMIX特有の極太スクラッチノーツ

 ゲーメスト1999年3月15日号にも開発途中のIIDXの画像が掲載されているのだが、スクラッチノーツの縦幅が鍵盤ノーツの2倍になっている。これは、五鍵3rdMIXのスクラッチノーツの太さと同じである(なお、3月15日号はIIDX稼働直前の1999年2月15日に発売されているため稼働前の資料である)。

ゲーメスト1999年3月15日号より。スクラッチノーツが鍵盤ノーツより太くなっている。

これperfect freeのムービーだけどBPMが789になってる…大丈夫ですかね
これは撮影用のダミー画像でしょ。スコア・グルーヴゲージ・BPMが01234566789になってるし

製品版1st styleのスクラッチノーツ。現行IIDXのデフォルトノーツと同じものだ。

極太スクラッチノーツは五鍵3rdMIX仕様だけど、判定文字はコンボ表記が無い2ndMIX仕様…過渡期のバージョンか?

選曲画面はジャンル表記

 ゲーメスト1999年3月15日号には選曲画面の画像も掲載されているのだが、楽曲がジャンル表記のみになっている(製品版ではジャンルと曲名が併記)。

 五鍵でも3rdMIXまでの選曲画面はジャンル表記のみだが、次作のcomp1からはジャンルと曲名が併記されるようになっているため、IIDXもこれに倣ったものと思われる。

ゲーメスト1999年3月15日号より。BPMが「BEAT PER MINUTE」と表記されているなど細かい差異がある。なお製品版ではBPM120の楽曲は存在しない。これもダミー表記なのだろうか?

こちらは製品版1st styleの選曲画面。五鍵comp1以降と同様、ジャンルと曲名が併記されている。

4KEYSと5KEYSは実装されていなかった?

 先ほどの選曲画面の背景をよく見てみると、製品版と異なる部分が2か所あることに気付く。

 一つ目の違いは背景に描かれている数字である。開発中の写真では「3」となっているのに対し、製品版では「7」となっている。

左が開発中の写真、右が製品版の画像。では「3」だが、右の製品版では「7」になっている。この部分は背景デザインの一部であり、プレイ中に数字が変化することは無い。

 二つ目の違いは画面上部「SOUND SELECT」の後ろに描かれている文字である。非常に分かりにくい部分なのだが、明らかに違う文字になっている。製品版は「SEVEN KEYS」と書かれているが、開発中の写真の方は何と書かれているのか読み取ることはできなかった

上が開発中の写真(元画像が暗いため明度を調整しています)、下が製品版の画像。製品版では「SEVEN KEYS」となっているが開発中画像では別の文字になっているようだ。何と書いてあるのだろうか…?

 製品版のIIDX 1st styleの選曲画面はモードごとに異なる背景画像になっており、これまで見てきた背景画像は7KEYSモードのものである。上の比較画像で「SEVEN KEYS」と書かれているのはそのためで、この部分が開発中の背景画像では別の文字になっているということは、開発中のバージョンでは4KEYSモードと5KEYSモードが存在しなかった可能性がある

 一つ目の相違点である数字の「3」も、この背景画像を7KEYSモード用の画像にする段階で「7」に変えたのではないだろうか?

7KEYSモードしか存在しないなら、わざわざ「SEVEN KEYS」なんて書く必要が無いわけか…

製品版1st styleの4KEYSモード選曲画面。この画像ではレコードに隠れているが「Everybody dancing!! DJ!! DJ!!」と書かれている。

製品版1st styleの5KEYSモード選曲画面。「FIVE KEYS MODE」と書かれている。

モード選択画面が別物

 モードセレクト画面の写真は、製品版と異なり「練習」「EASY」「NORMAL」「EXPERT」の4種類から選択するようになっている。

 「練習」モードの説明文は「初心者のためのモードです。操作法を練習することができます」となっており、使用する鍵盤の個数について触れられていない

 なお、製品版ではたとえ4KEYSモードを選択したとしても、操作説明等のいわゆるプラクティスのようなものは存在しない。「練習」は製品版の「4KEYS」とは異なるモードだったのだろうか?

ゲーメスト 1999年3月15日号より。「操作法を練習」とある。製品版ではどのモードを選んでもいきなり選曲画面に遷移するので、全く別のモードが開発されていた可能性が高い。

製品版1st styleのモード選択画面。モード名称・説明文の両方に使用する鍵盤の個数が明記されている。

 開発中バージョンのモード選択画面では、説明文の横に使用する鍵盤の個数が表示されていないことから、開発中のバージョンでは4KEYSモードや5KEYSモードなど使用する鍵盤の個数を少なくするモードは存在しておらず、稼働直前になって急遽追加した可能性がある

使う鍵盤の個数が書いてないってことは、やっぱり開発当初は鍵盤を7個使うモードしか無かったんじゃ…?
確かに「練習・EASY・NORMAL」って五鍵3rdMIXと同じラインナップなんだよね

五鍵3rdMIXのモード選択画面。開発中のIIDXと項目が似ている。なお、3rdMIXのEXPERTモードはコマンド入力で出現させる。

 ゲーメストのAMショー'98特集記事では、IIDXを試遊した人の感想に「製品版では初心者用モードが付くのだろうか?」というものがあった。

●ビートマニアIIDX(コナミ)

むずかしい。でも製品化されればライトユーザー向けのモードが付くのか?(ディストリビューター 25歳 男性)

ゲーメスト 1998年11月15日号

 このことから、AMショー'98で初披露された段階では、練習モードやEASYモードすら実装されていなかった可能性もある

「4KEYS、5KEYSは発売直前に急遽追加された説」、真相はdj TAKAのみぞ知る…ってところか?
AMショー'98版やロケテ版のIIDX1stを見たor遊んだという方いましたら、情報提供をお待ちしてます

余談:なぜかモードセレクトの絵が逆

 細かい話だが、前掲のモードセレクト画面、各モードに対応する絵の配置が開発中と製品版で左右逆になっている。製品版では「4KEYS」から「5KEYS」にする場合、カーソルは右に移動するが背景の絵は左に動いてしまう

 おそらく、開発中の配置の方が正しいと思われるが、製品版ではなぜか背景の絵の挙動がカーソルと左右逆になってしまっているのである。

 この挙動はsubstreamや2nd styleでも直っていない。仕様なのか不具合なのかは謎である。

上が開発中の写真、下が製品版。各モードに対応する絵は同じなのだが、配置もスクロール時の挙動も左右逆になってしまっている。

カーソルが左に動いたら、ふつうは背景も左に動くよなぁ…
なんで逆にしちゃったんだろうか…

初代ボス曲GRADIUSIC CYBER誕生秘話

 ロケテスト段階のバージョンでは、まだ全曲収録されていたわけではなく、ネット上のユーザーの情報を調べていくとロケテ段階でGRADIUSIC CYBERは未収録だったようだ。

 開発終盤に実装されたであろうこの楽曲は、初代IIDXのボス曲となる。

グラサイが無かったら、ロケテ版の最難関曲はcelebrateやLUV TO ME(disco mix)あたりか?

 製品版1st styleのボス曲「GRADIUSIC CYBER」を製作したのはdj TAKA氏なのだが、ムービーは1996年3月26日に発売されたPS/SSソフト「グラディウスDELUXE PACK」のオープニングムービーを尺に合わせて編集したものである。この楽曲が収録された背景にはあるエピソードが存在していた。

BEMANI生放送(仮)第51回(コナミ公式動画)。「GRADIUSIC CYBERの逸話について教えて欲しい」というRyu☆氏の質問に対して、dj TAKA氏は「ブートレッグ的なー?」とだけ答えているのだが、実は隠されたエピソードが存在していた…

 先に述べた通り、IIDX 1st style制作時のdj TAKA氏はKCEスクールの学生だった。スクールでは様々な課題をこなしていくカリキュラムになっており、その中の一つに「グラディウスDELUXE PACKのムービーに音楽を付ける」という課題があった。

つまり何十人もの学生があのムービーに曲を付けていたわけかー!

KCEスクールの課題になった「グラディウスDELUXE PACK」のムービー(外部サイト)。IIDXプレイヤーならおなじみのアレである。

 dj TAKA氏は、この課題を制作するにあたって、中学生時代の同級生でバンド仲間の榊原琢氏(以下、TaQ氏)に課題の楽曲を聴いてもらいアドバイスをもらった上で提出していたのだ。

dj TAKA氏:どうしてもゲーム会社へ行きたいという思いがあって、コナミの学校に入ったんだよね。

TaQ氏:コナミスクールの課題も聞かせてもらったな。

dj TAKA氏:そうだね。グラディウスのオープニングムービーに音楽を付けるっていう課題があって、TaQにアドバイスを貰ったね。

TaQ氏:アドバイスったって「ぶち壊せ!」としか言ってなかった(笑)。

dj TAKA氏:低音が無いとか、的確に助言をもらって手直しをしたんだよ。その曲は結局、ほぼそのままの形で使ってもらった。それが"GradiusicCyber"っていう曲だね。

アルカディア 2004年5月号
学校の課題を手伝ってもらったのかー。助言もらって手直しする程度ならセーフ!
グラサイは実質OutPhase曲だった!?

 与えられた課題を提出するというカリキュラムは恐らくスクールの「第2段階:制作過程」にあたるのだろう。つまり、1998年10月に「第3段階:実践課程」としてIIDX制作現場に入る前に作られた可能性が高いものと思われる。

 dj TAKA氏が実践課程でIIDXの制作現場に呼ばれたのは、この曲がdj nagureo氏の目に留まったからなのだろうか?

グラサイのおかげでTAKAがIIDXに呼ばれたのだとすると、TaQはIIDXの立ち上げ時から重要な部分にガッツリ関与していることになる!

 ここまでのエピソードをまとめると、「IIDX開発スタッフは、人手不足を補うためにKCEスクールの生徒だったdj TAKA氏に声を掛けて制作の主な部分を任せ、スクールの提出課題だった楽曲をほぼそのまま1st styleのボス曲にした」ということになる。

dj TAKA氏:nagureoさんはお忙しくてですね

dj nagureo:僕がですね、結構いい加減だったものですから。何もしなくてですね、いきなりその当時研修中のTAKAさんが、IIDXの立ち上げをほぼやることになってですね、僕は逃げてた(笑)

「milestone」dj TAKA スペシャルトークセッションVol.10- dj nagureo

 そして、dj TAKA氏はIIDX 1st styleの完成を以てスクールを卒業、そのままsubstream以降のサウンドディレクターに就任することになるのである。

 これまでの記事でも紹介したように、五鍵ビートマニアは入社三年目の水木氏が企画を出し、太鼓の達人は入社二年目の中館氏が中心となって開発するなど、音楽ゲームは若手スタッフが中心となって作られることが多い

 だが、その中でもIIDXは、「入社0年目の研修生がボス曲を担当し、入社と同時にサウンドディレクターに任命される」という極めて特異な体制を採っていた。

 dj TAKA氏の実力が評価されたことは言うまでもないものの、それでも新人に売れ筋タイトルの続編のサウンドディレクターを任せるという判断は通常の大企業では難しい。本当に柔軟な組織運用を行える体制が構築できていたからこその大抜擢であろう。

 この大抜擢が無謀な試みに終わるのか、英断と評されるのかは、まだ誰にも分からなかった…

KCEスクール入学式で入学生代表の言葉を読んで、学校の課題でボス曲を作り、物凄い早さで飛び級して卒業…
そして、ニデラの王となるがよい

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